評価について

私たちは、あらゆる場面で、評価したりされたりしながら生きてきています。

美人だとか、スタイルがいいとか、頭がいいとか、いい大学を出ているとか、仕事ができるとか、センスがいいとか、家がお金持ちとか、なんとかかんとか。自分のコントロール内のこと、コントロール外のこと、いろいろあります。
悪い評価(あるいは無関心)が、心の傷となっていることも多いです。

評価に晒されることが多いので、せめて絵はそういった評価から離れたところで描きたいなあと思っていて、公募展の類も出さないでおこう、と思っています(今のところ)。評価されるような絵じゃない自覚もあるので、メンタルのリスク回避。

ただ、最近思うのは、他者からの評価は実はそれほど気にしていなくて、気に入った絵をかけた時点で、もう自分の中では満足しているということです。

そりゃあ評価がよければすごく嬉しい。でも、それは瞬間的な嬉しさでしかなく、割とすぐに消えてしまう。それよりも、自分で満足できるということのほうがもっと長く続く幸せにつながることだと思うわけです。だから、そこを基準にして考えていければ、いろいろな問題がシンプルになるんじゃないかなと思うのです。

絵に限らず、ほかのことにおいてもそれは言えるのかもしれないなあとも思います。

じゃあ、自分で満足できる、という点ですが、これはもうね、ハードルを下げること! これに尽きます!

あ、あくまで私の場合はですよ。

怖いもの

長男の通う高校の文化祭がありました。

高校3年生最後の文化祭。
クラスの出し物は「お化け屋敷」に決まったんだそう。
夏休み中から中心になってあれこれ準備し、ここ数日は受験勉強そっちのけで、買い出しやシフト決めなどをしていたようでした。
そんなわけなので、やはり見ておいてあげたいなと家族で行ってきました。


小学5年生の次男は、入る前から、かなり怖がっていましたが、
私は……いつから「お化け屋敷」ってものが怖くなくなったんだろうな。
はて。

私が怖いものは、

住宅ローンの金利が突然上がること
子どもや夫が大きな病気にかかること
家がシロアリに食われること
ボケちゃうこと
仕事がなくなること
1年前に書いた単行本のギャラが、このまま払い込まれないこと などなど。

言葉にしていたら、どんどん怖くなってきた。
やめよう。
怖いものがやってきても、大丈夫なんとかなる、と思える しなやかな強さが欲しいです。
欲しいものも、ちゃんと言葉にしておこうと思います。


馬じゃありませんよ。

二段ベッドをバラバラにしましたが

夏休みに入ってすぐ、兄弟の二段ベットをバラバラにして、それぞれの個室を用意したのですが、さてその後、どうなったかというと、結局、弟は兄の部屋の床に寝袋を敷いて寝ています。

弟の部屋にはエアコンがないので、寝苦しい夜なんかには、兄が「今夜、こっちの部屋で寝るかい?」と情けをかけていたようで。そして、そのままひと夏そこで寝ていたようで。
自分のベットも、新しいマットレスもほとんど使わずじまい。今日みたいな雨の日には、彼の部屋は物干し場として、絶賛稼働中です。

高3の兄も、なし崩しに弟が居候していることに関して、それほど異存はないのが驚きだわ。
なんだかんだありつつ仲がいい兄弟に育ってくれたようで、そこに関してはよかったよかった。



ヒソヒソ。クツクツ。