営業さん

この茅ヶ崎の家を買ったときは、1年近くいろいろな物件を見て回りました。
新築、中古、それから土地も、平塚から横浜まであちこち見に行きました。
そのつきあいをしてくれていた弱小不動産屋のSさんが、とてもユニークな方だったのでそれを書きたいと思います。

Sさんは、いわゆる「不動産屋の営業さん」という風ではまるでなく、汚れがついたヨレヨレのスーツを着ていて、お世辞などは一切言わず、飄々としていました。そして、本音がすぐにぽろっと出てしまう人でした。

例えば、イチオシの(はずの)新築物件を初めて案内してくれたときは、開口一番、「狭っ!」と言ってしまうし、中古物件を見ていたときは「ここらへんはシロアリが多い地域なんですよねぇ」とか教えてくれたりするのです。デザイナー建築の家だって、「ま、どうってことない間取りですね」とか言っちゃうのです^^;

他のほとんどの営業さんは、「早く契約にもちこみたい!」オーラがすごかったのですが(例えば「ここはすぐに決まっちゃうと思いますよー」と焦らせるなど)、Sさんはいつも同じ飄々としたふうで、購入を急かすことは一度もありませんでした。
Sさん、変な人だなあ。売る気ないのかしら。
そんなこんなで1年近く、あちこちの物件を私たち一家とSさんで見て回りました。

そのうち私たち夫婦も、Sさんが面白いので「ほかの大手不動産屋がいい条件を出してきても、Sさんから買おう」と思うようになりました。実際にそういったこともあったのですが、結局Sさんのところで買い、そして今に至るわけです。

思うのですが、お客もいろいろな人がいるので、その相手をする営業さんもいろいろな人がいてしかるべきである、と。
Sさんを「何なの? この人」って思う人もいるでしょうけど、私たちみたいに「面白い」と思う人もいると。これはお客との相性の問題なので、「営業職とはこういうもの」ってステレオタイプに決めてしまうことは、買う方売る方それぞれに損失が大きいのかもしれません。

家を買ったあとも、Sさんはときどき訪ねてきてくれて、故郷のさつまあげをくれたりしました。

茶色弁当って何?

今日は、絵描きのお友達の家に行ってきました。お友達といっても、すでに何冊も挿絵の仕事をされている大先輩なのです。
彼女は、伊豆にご主人とワンコ1匹、ニャンコ2匹と住んでいます。
マグロ丼のランチに、アジのお土産もいただき、温かいおもてなしをしていただました。まだ知り合って一年経つか経たないかというぐらいなのに、不思議なご縁です。

さて、その先輩との話の中で、「茶色弁当って何?」と質問されました。

しばらく前に私が書いていた【イマココ日記】という日記の中に、「茶色弁当」というものがよく出てくるので、不思議に思っていたのだそうです。マクロビオティック?とかそういう健康食系かしら、とも想像していたのだそうです。

もしかして、他にも「?」と感じていた方がいるかもしれないなあと思ったので、一応説明しておくと、茶色弁当とは「彩りが茶色一色の弁当」のことです。白いご飯に、ウインナー、卵焼き、からあげ、以上! みたいな。
男子には受けがいいんですが、ぱっと見は美しくありません。それを称して「茶色弁当」と言っておりました。

先輩には、日記面白かった、とも言っていただきました。
ありがとうございます、ありがとうございます。
何よりうれしく励みになります。
最近書いていないよね、とも言われました。そうなんですよね。。。

話は飛ぶのですが、安室奈美恵ちゃんと私は誕生日が同じです。ちなみに小田和正とも一緒です。
誕生日が同じという縁で、安室ちゃんと小田和正は無条件で応援しているのですが、安室ちゃんって「ステージがすべて」というスタンスで、ストイックなほどに自分を語りません。
引き換え、おのれはどうなのだ!と。ベラベラ自分のことばかり語っていて何だか恥ずかしくなりました。

あとですね、頚椎症で右手の痺れが続いていて、日常の意識の中でその痺れが占める割合がけっこう大きく、愚痴らずに日記を続ける自信がなかったのです。
そんなわけで、少し遠ざかっておりました。
よく野良猫が死期を悟ると人前から姿を消す、というアレですね。まあ、私の場合、姿も消していないんですけど。

ところが、このしつこく続いた痺れが最近なくなってきて、割と元気になってきまして。
また少しずつ日常のことなどを書いていこうかなと思ったりしています。
安室ちゃんみたいなストイックさ、ということに関しては、彼女の場合、本業が歌なわけだけど、私は本業が書くことだし、書かないでいると書けなくなるし……。
文章が上手な人はたくさんいるので、私ごときが大したことを書けるわけではないのですけれど、ただまあ、書くことは好きなので、もしそれを喜んでくださる方がいるならうれしいな、という感じです。

別に宣言するようなことでもないのですけれど、応援してくださっていた方もいたので経過報告でした。

評価について

私たちは、あらゆる場面で、評価したりされたりしながら生きてきています。

美人だとか、スタイルがいいとか、頭がいいとか、いい大学を出ているとか、仕事ができるとか、センスがいいとか、家がお金持ちとか、なんとかかんとか。自分のコントロール内のこと、コントロール外のこと、いろいろあります。
悪い評価(あるいは無関心)が、心の傷となっていることも多いです。

評価に晒されることが多いので、せめて絵はそういった評価から離れたところで描きたいなあと思っていて、公募展の類も出さないでおこう、と思っています(今のところ)。評価されるような絵じゃない自覚もあるので、メンタルのリスク回避。

ただ、最近思うのは、他者からの評価は実はそれほど気にしていなくて、気に入った絵をかけた時点で、もう自分の中では満足しているということです。

そりゃあ評価がよければすごく嬉しい。でも、それは瞬間的な嬉しさでしかなく、割とすぐに消えてしまう。それよりも、自分で満足できるということのほうがもっと長く続く幸せにつながることだと思うわけです。だから、そこを基準にして考えていければ、いろいろな問題がシンプルになるんじゃないかなと思うのです。

絵に限らず、ほかのことにおいてもそれは言えるのかもしれないなあとも思います。

じゃあ、自分で満足できる、という点ですが、これはもうね、ハードルを下げること! これに尽きます!

あ、あくまで私の場合はですよ。